でも、やっぱり一緒にやっている治療者も辛いわけ。もうね、ほんとうにきつかったの、原宿時代。いやね、今思えば本当に苦しかったなって。ずっと一日10時間、12時間面接をやっているわけですよ。そして人の虐待話を延々と聞いているわけね。で、その度に一緒に泣くわけじゃないですか。一緒に苦しむわけね。いやね、辛いわけよ。8時頃になって最後の泣きを入れて、それでさあ帰ろうと思っても立ち上がれないわけね。これは参ったな、みたいなね。そしてやっぱり段々疲れてくると、患者さんの話が聞けなくなってくるのね。これは人間だから。でも、それも大切なことだということは、某先生は言っているわけね。やっぱり聞けなくなることで、こちらから怒りが出る訳ね。こちらが怒ることで、患者さんの新たな感情が出てくる。こちらが素にならないと、患者さんも素になれない。こっちが治療者として何かを作っていたら、治療にならないわけ。だから、そのまんまの自分であるということが大切なんだけれども、やっぱりでも1万2千円もらっているわけじゃないですか。サービス業でしょう。気持ちよくして帰したいんだけれども、やっぱり怒っちゃってね、その後トラウマが出てくればいいけれども、やっぱり患者さんが苦しくなるということがすごーくあるわけですよね。だから、本当に信頼感が必要だし、本当にこちらも忍耐が必要だし患者さんも忍耐が必要だし、というかたちで、いやあ、この治療は難しいな、ということを私自身すごーく深く感じていたわけですよね。もう一つ決定的なことは何かと言ったら、やっていくうちに段々見えてくることがあるんですよ。これは多分多くの心的外傷の治療をやっている人たちがぶち当たることだと思うんですけれども、患者さんが覚えているトラウマは氷山の一角であるということなんです。本当にただの氷山の一角なんです。この下にすごーくでっかいものがあるんですね。すごーくでっかいもの、というのは、ひどい虐待とかそういうことではなくて、本当に「苦しみ」というものが、その下にある。で、覚えていることは、実は大したことではない、ということなのね。だから覚えていることを一生懸命処理しようと思って何度も何度もやっても、そこに一生懸命感情をはめていっても、覚えていることは、実はトラウマじゃなかったりする。ということが段々見えてくる。そして覚えていないことを、さあ、捜そう、見つけよう、とすると、セラピストに相当な技術が必要になる。やっぱり相当の腕がないとまず無理なんです。そしてそこでジレンマがあるのね。
あるとき、私は相談室の室長になりました。そしてその曝露療法をきちっとやるセラピストがいます。かたや曝露療法の経験の全くない人がセラピストをやります。ここに差が出るわけ。患者さんが光らないんだよね。患者さんが三ヶ月経っても四ヶ月経っても光らない。曝露療法をきちっとやらないと。やっぱりきちんとトレーニングをしていかないとね。でも患者さんは同じ値段を払っているわけじゃないですか。ここにすごーく引っかかってね、やっぱり真面目なのね、やっぱり僕も虐待児かな、みたいなね(笑)。妙なところに強迫性障害があるんだけれどもね。妙なところで真面目なのね。同じ値段を払っていて何で効果が違うの、という話になってしまう、それがすごく嫌だったの。だって、経営者じゃない、経営者としては同じクオリティーのものを誰にでも同じように提供しないといけない、そして提供させようとしてセラピストのトレーニングをすると、みんな辞めちゃうのね。なぜならカウンセラーになりたい人はみんなトラウマ持ちだから。だから僕が直面させようとすると、みんな「大嶋さん怖い」とか言って逃げちゃうのね。でもそこで向き合わないとちゃんとした治療ができないから、僕が一生懸命やろうとするのだけれどもやっぱりね、だめなのね。そしてしまいには「大嶋先生が虐める」「大嶋先生がいると嫌だ」とか言われちゃってね。僕もいじめているつもりはないわけね。やっぱりトラウマ治療をやりたいわけ、みんなで。同じクオリティーのものを提供したいわけ。でもそれがなかなか難しい。それで僕自身あるとき、大きな壁にぶち当たった。