……えーと、わかったような、わからないような感じが今実感としてあるんですけれども、さっきFAPの臓器反応というところで、それについて、早口なので聞き取れなかったので(笑)、身近な人にやるときにもう一回見たいのですが、それについて何か本とか資料とかあるんですか?

あの、本については今書こうと努力しているのですけれども、面接をやってしまうと、この通りボロボロになっちゃうんでね(笑)。なかなかすすんでいないんですね。もう一回臓器反応について説明します。NHKブックスから出ている「内蔵が生みだす心」という本があるんですね。これはまあ、この本で使っている文献資料がとても重要で、「臓器移植をしたら、そのドナーの人の記憶が移った、という話は聞いたことがあります?心臓移植をした女性の話が出ていて、その心臓を持っていた男性と同じようにビールが好きになって、それまで全然食べなかったのにフレンチフライが好きになって。そしてとうとうその男性の名前まで出てきて、という話があるんですよ。だから、その博士が言っているのは、脳に記憶があるだけではなくて、臓器にも記憶があるんじゃないか、という話なんですね。そしてもう一つ大切な話は、交感神経と副交感神経だけに臓器が反応している、要するに緊張している時は胃が収縮しているとか、そういうこと言っていますけれども、感情が動くときに臓器は収縮しているのではないか、ということなんですね。要するに、僕自身、胃が弱いのね(笑)。これは正直な話、胃が弱いんです。胃と腸が弱いのね。そして、こう、怒りを感じると…僕は結構よく怒るのね、そんな時にやっぱり胃の収縮というのがすごく激しいのね。で、昔から内臓が反応して感情が出るのか、感情が出てから内臓が反応するのか、どっちなのか、ということを、キャノンバードという人や、ウィリアム・ジェームズという人が論争していたということがあるのね。そして僕はといえば、臓器が反応して感情が起こっているのではないかと思っているのね。だから古い方なんだけれどもね、要するに感情は臓器が反応して起こっているのではないかということなのね。そして、記憶と臓器、ということがあるでしょう、そして感情と臓器、ということもあるから、内臓というものはとっても大事なのではないかと思っているのね。そして実は脳の部分が、CPUってわかる?コンピューターのセントラル・プロセッサと言って、要するにコンピューターの記憶を振り分ける役割をしているんじゃないかな、と思っているのね。だから、臓器からあがってくる記憶と、脳にある記憶というものを統合している、ということがここ(脳)で行われているのだけれども、要するにトラウマになってしまうと、臓器と脳の切り離しが起こってしまうんじゃないかと思っているのね。このつながりが遮断されてしまう、ということがどうやら起こっているのではないか。これをつなげるのがとっても重要な役目、ということが、実はね、今いろんなトラウマの研究が出ていて、そのことが今すごーく重要視されているところなんですね。そこら辺から臓器反応ということが出てきた。
そして、脳のことから言えば、人間は、見るでしょう?聞くでしょう?そして触ったりということがありますよね。これは視床というところから情報が入ってくるわけ。視床から入ってきたらどこへ行くかと言ったら、辺縁系というところを通っていくわけね。そこで重み付けをするわけ。あ、嫌な感覚、とか、あ、いい感じとかね、嬉しい、とか、楽しい、とか、そういう感情の重み付けをしているわけ。そして、感情の重み付けにあわせて、海馬が、それぞれの記憶を楽しい記憶の引き出しへ、嫌な記憶の引き出しへ、といって引き出しに振り分けているわけね。そして、引き出しに振り分けたら、今度は過去の嫌な経験をもとに、全部前頭野というところに渡って、それほど慌てなくても大丈夫よ、というかたちで、辺縁系を収めるのね。辺縁系に、そんなに反応しなくてもいいわよ、そんなに不快と思わなくていいわよ、というふうに収めてくれるわけ。トラウマになってしまうと、実はこの辺縁系と海馬の間が遮断されてしまうみたいなのね。だから、いつまでたっても、この不快な感覚というものが消えない。それが、臓器と脳の間がみごとに遮断されているのではないか、ということ。不快な感覚がいつまでたっても脳にある、いつまでたってもそれが臓器から消えない、とかね、そういうことが起きているのではないか、と。だからそこできちっと繋げる、こういう感覚が臓器で起きています、と、この記憶に対してこういう感覚が起きています、ということを、指の信号で送って、そして、海馬に、それほど興奮しなくていいですよ、こういう記憶ですよ、という形で知らせているのではないかと。それが、このFAPのバックグラウンドです。
……自分でやりたいと思ったら、やっぱりできないですよね?

えーとですね、自分でやるのはですね、うーん……

……まだ、そのFAPを教えてもらえる場というものはないですか?

単純なんですけれどもね、意外と。でもやっぱりセミナーで教えると丸々2日間かかるんですよ。丸2日間かかります、これは。だからまあ単純な話は、こうやって指を振って、それで例えば「夫のことがいや」と言ったときに、指が反応するんですよ。そしてその反応に合わせて指を押さえていく、ということをやるのが一番いいんですけれども、でももう少し複雑なんですね。きちっとセラピーで利用するにはもう少し複雑なんです。それはちゃんと2日間のセミナーを受けてからの方が多分いいと思うんですよ。

……あの、もう一つなんですが、FAPの対象となるのは、一応健常者ですよね?私は知的障害者の人たちと関わりがあるのですが、知的障害者に対しても大丈夫ですか?

もちろん。

……はい、わかりました。ありがとうございました。

はい、どうも。

……二つ質問なんですが、FAPを治療者としてやるのは大変だというお話しでしたが、例えば自分で、自分は見捨てられ不安があるな、と思って、指を押さえたり、ということは有効なんですか?

それはさっきと同じ質問だよね。自分でできるかって話(笑)。

……あ、そうか。それから、周産期トラウマから、何歳、何歳、とやると仰っていましたが、それはどういう風に具体的にやるのですか?

こんな感じでやるんです。あなた立って、立って(笑)。〔一番前の方に立って実演をしてもらう〕こうやってやるんですね。周産期のトラウマ、って言って。

……周産期のトラウマ

これはちょっとみんなは手を振らないで。僕だけにしますね。手は振らないでね。もう一回周産期のトラウマって言って。

……周産期のトラウマ。

抑圧・抵抗・防衛・解離。上・下・左…。おへその左側押さえて。もうちょっと下、二本の指で。そうそこ、そこを押さえて。へそが曲がっているの(笑)。はい、はずしていいよ。もう一回周産期のトラウマって言って。

……周産期のトラウマ。

抑圧・抵抗・防衛・解離。まだ曲がっているなあ(笑)。もう一回おへそ押さえて。もうちょい下。もうちょい下。そうそこ。押さえながら普通に呼吸していて。これ、解離というものを起こしているのね。あまりにショックなことがあったみたいなのよ、お母さんが。だからとんじゃっているのね。はい、はずして。もう一回周産期のトラウマって言って。

……周産期のトラウマ。

抑圧・抵抗・防衛・解離・パターンの検出。そして、薬指の両側から押さえて、「周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ」、次、中指の両側から押さえて、「周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ」、小指両側から押さえるよ、「周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ」、はい、真っ直ぐ見て。指はずしていいよ。僕の指だけ見て。気持ちだけ右側に持っていって。はい、今度は左。そう、右、左、右、左、右、左、右、左、もう一回薬指両側から、周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ」、中指両側、「周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ」、小指両側から「周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ・周産期のトラウマ」、という感じでやるのね。これだけ。こんなかたちで何層も何層も取っていくんですね。そして今のは、一番最初に出てきたのは、これは解離というものが起きているんですね。これはどういうことかといったら、妊娠中にお母さんに思いっきりショックなことがあったということなんですね。そしていきなり出てきたのが複雑な心的外傷だから、お腹の中にいるときから大変な目にあっているのね。そしてここでどっちに揺れるかなのね。そしておもしろいのは、こういうことが起きると、子どもというのは大抵母親に対しての憐れみを持つ。するとどういうことが起きるかというと、過剰に優しい子になってしまうの。人に気遣いばかりをする優しい子になっちゃうのね。それとか、父親に対する憎しみ。多分母親のショックというものは父親に原因があるかもしれない、ということで、父親に対する憎しみとかが出てくると、人のことが信用できなくなる、というような傾向が出てくるわけ。この先やっていくと、それがわかるわけね。大体1セッションにつき3歳ずつくらい、だから年齢3つか4つくらい、することができます。そういう風にやっていきます。おもしろいでしょう。これだけ。こんな感じでやっていっちゃいます。だから、それを想起して、ということはいらない。「周産期のトラウマ」と言った段階で、勝手に臓器が反応するの。人間ってそうなの。例えば「梅干し」って言っただけで、唾液が出るでしょ結びついているわけ。だからみんなが、ミーティングに行くじゃないですか、そして嫌な話がちょっとでも出ただけですっごく不快になるでしょう。自分が想起していないのになぜ?それは言語と記憶というものは非常に密接な関係があるから。そういうことでやっていくわけです。