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選民意識とバラ
経済的に豊かになるユダヤ人の選民意識を理解できれば「無敵」になれるかもしれない、と考えるんです。
一番は「お金!」でしょ!
まさにユダヤ人はマタイの法則を地でいっている(地でいっている、とは想像上のものが現実になっていること)。
「持っているものはさらに豊かになり、持っていないものは持っているものまで取り上げられる」で彼らはどんどん豊かになっていく、という感じ。
なんでこんなことを書いているか、といったら「ずるい人」が周りからいなくなる本(青春出版社)を書いていて、私の怒りが止まらなくなって「お~!このまま怒りが止まらなくなったら大変なことになる!」となったから。
「ずるい人」が周りからいなくなる本(青春出版社)の最後に書いてある「関係の更新」をしたら「あ!怒りが止まった!」となってそれと同時に「豊かになる!」ということが見えてきたんです。
ルサンチマンというのは、弱者が強者に「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を抱くことを言います(ウィキペディアから)。これはデンマークの思想家であるキルケゴールが想定した哲学上の概念となります。
ルサンチマンを持つ人は社会的弱者で自分の無力を正当化して、社会的強者を「私が正しくて、相手が悪!」ということで攻撃しちゃいます。
要するに、私が「ずるい!」とか「相手は間違っている!」と怒っている限りは「私は弱者!」となるんです。
そうなると、私はマタイの法則で「持っていない者」となり持っているものまで取り上げられる、という状態になるから「貧乏じゃ~!」とか「どんどん不健康になる~!」と次から次へと不幸が訪れて、ますます「強者がムカつく~!」と攻撃が止められなくなり「弱者のままでどんどん取り上げられていく~!」という現象が。
「ずるい人」が周りからいなくなる本(青春出版社)に書いてある「関係の更新」とは「自分は弱者なんかじゃなくて強者で相手を虐待しているんだ」ということに気がつくことがルサンチマンから抜け出す方法でした。
「虐待」というのは強烈な言葉ですが、弱者でいると「間違っている相手に何を言っても、何をしてもいい!」という感覚になってしまいます。実際に自分がそれをやられたら、ということを“弱者”という立場だから一切考える必要がない、と思ってしまうんです。
ユダヤ人は「神から選ばれた民族」だから「弱者」になることがありません。
だから「どんどん豊かになる~!」が現実となります。
この「弱者」から抜け出す方法、って?
「無意識さんの力で無敵に生きる」(青山ライフ)の中に、催眠のお師匠さんが語ってくださったバラの詩人が出てきます。
そのバラの詩人が、橋のたもとでいつも抗議をしているかのように居座っている老婆を見つけます。
バラの詩人は、その老婆に一輪のバラを差し出し、老婆は、その差し出されたバラを受け取って、ある表情になり、そこから去って行きました。
そして、それからその橋のたもとに老婆は戻ってくることはありませんでした。
ルサンチマンであった老婆に対して、バラの詩人が一輪のバラを差し出すことで「弱者から淑女」という更新をした、と考えられます。
お師匠さんは「バラ」を無意識さんの象徴として使っていたような気がします。
老婆は、老婆の立場や財産を奪った政治や周りの人々に目を向けてしまって、弱者という立場で怒りが止まらなかった、と考えます。
外に目を向ければ向けるほど「自分は弱者」という幻想に取り憑かれて怒りが収まらなくなり、そして「持っていない者は持っているものまで奪われる」という法則から、ますます弱者の立場に落とし込まれて怒りが収まらなくなってしまうんです。
老婆が一輪のバラを受け取った時に、外ではなく内に目を向けることができるようになります。
そう!本来の自分が宿っている無意識さんの世界。
本来の自分は淑女である、ということを思い出させてくれた無意識さんの力により、弱者という呪いが解かれて淑女はその惨めな場所に留まって、奪われ続ける必要がなくなります。
そして、どんどん豊かになり、と。
このバラの詩人のスクリプトは、心に聞くことの面白さを感じさせてくれます(心に聞くは「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法(すばる者)参照)。
確かに、私が「心よ!」と聞いている時は、弱者ではなかったんです。
催眠のお師匠さんが指してくださった一輪のバラは、私を豊かになる方向へと導いてくれたんです。
「心よ!」と聞くたびに、あのバラのことが思い出され、誰の眠りでもない喜びの世界へと誘われて行きます。
24/11/08
24/10/18
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経済的に豊かになるユダヤ人の選民意識を理解できれば「無敵」になれるかもしれない、と考えるんです。
一番は「お金!」でしょ!
まさにユダヤ人はマタイの法則を地でいっている(地でいっている、とは想像上のものが現実になっていること)。
「持っているものはさらに豊かになり、持っていないものは持っているものまで取り上げられる」で彼らはどんどん豊かになっていく、という感じ。
なんでこんなことを書いているか、といったら「ずるい人」が周りからいなくなる本(青春出版社)を書いていて、私の怒りが止まらなくなって「お~!このまま怒りが止まらなくなったら大変なことになる!」となったから。
「ずるい人」が周りからいなくなる本(青春出版社)の最後に書いてある「関係の更新」をしたら「あ!怒りが止まった!」となってそれと同時に「豊かになる!」ということが見えてきたんです。
ルサンチマンというのは、弱者が強者に「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を抱くことを言います(ウィキペディアから)。これはデンマークの思想家であるキルケゴールが想定した哲学上の概念となります。
ルサンチマンを持つ人は社会的弱者で自分の無力を正当化して、社会的強者を「私が正しくて、相手が悪!」ということで攻撃しちゃいます。
要するに、私が「ずるい!」とか「相手は間違っている!」と怒っている限りは「私は弱者!」となるんです。
そうなると、私はマタイの法則で「持っていない者」となり持っているものまで取り上げられる、という状態になるから「貧乏じゃ~!」とか「どんどん不健康になる~!」と次から次へと不幸が訪れて、ますます「強者がムカつく~!」と攻撃が止められなくなり「弱者のままでどんどん取り上げられていく~!」という現象が。
「ずるい人」が周りからいなくなる本(青春出版社)に書いてある「関係の更新」とは「自分は弱者なんかじゃなくて強者で相手を虐待しているんだ」ということに気がつくことがルサンチマンから抜け出す方法でした。
「虐待」というのは強烈な言葉ですが、弱者でいると「間違っている相手に何を言っても、何をしてもいい!」という感覚になってしまいます。実際に自分がそれをやられたら、ということを“弱者”という立場だから一切考える必要がない、と思ってしまうんです。
ユダヤ人は「神から選ばれた民族」だから「弱者」になることがありません。
だから「どんどん豊かになる~!」が現実となります。
この「弱者」から抜け出す方法、って?
「無意識さんの力で無敵に生きる」(青山ライフ)の中に、催眠のお師匠さんが語ってくださったバラの詩人が出てきます。
そのバラの詩人が、橋のたもとでいつも抗議をしているかのように居座っている老婆を見つけます。
バラの詩人は、その老婆に一輪のバラを差し出し、老婆は、その差し出されたバラを受け取って、ある表情になり、そこから去って行きました。
そして、それからその橋のたもとに老婆は戻ってくることはありませんでした。
ルサンチマンであった老婆に対して、バラの詩人が一輪のバラを差し出すことで「弱者から淑女」という更新をした、と考えられます。
お師匠さんは「バラ」を無意識さんの象徴として使っていたような気がします。
老婆は、老婆の立場や財産を奪った政治や周りの人々に目を向けてしまって、弱者という立場で怒りが止まらなかった、と考えます。
外に目を向ければ向けるほど「自分は弱者」という幻想に取り憑かれて怒りが収まらなくなり、そして「持っていない者は持っているものまで奪われる」という法則から、ますます弱者の立場に落とし込まれて怒りが収まらなくなってしまうんです。
老婆が一輪のバラを受け取った時に、外ではなく内に目を向けることができるようになります。
そう!本来の自分が宿っている無意識さんの世界。
本来の自分は淑女である、ということを思い出させてくれた無意識さんの力により、弱者という呪いが解かれて淑女はその惨めな場所に留まって、奪われ続ける必要がなくなります。
そして、どんどん豊かになり、と。
このバラの詩人のスクリプトは、心に聞くことの面白さを感じさせてくれます(心に聞くは「いつも誰かに振り回される」が一瞬で変わる方法(すばる者)参照)。
確かに、私が「心よ!」と聞いている時は、弱者ではなかったんです。
催眠のお師匠さんが指してくださった一輪のバラは、私を豊かになる方向へと導いてくれたんです。
「心よ!」と聞くたびに、あのバラのことが思い出され、誰の眠りでもない喜びの世界へと誘われて行きます。