雷雲は遠くで見てたら白くて綺麗に見える

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雷雲は遠くで見てたら白くて綺麗に見える

大嶋信頼ブログ 緊張しちゃう人たち

2018/04/21 雷雲は遠くで見てたら白くて綺麗に見える

シナプスの刈り込みが他の人たちよりもされていないと「発作が起こりまくりじゃ~!」となります。

 

刈り込みがされていない、入り組んだシナプスの電気が干渉しあって「不満」、「後悔」、「怒り」、「恨み」、「嫉妬」などが頭に渦巻いていて「ビビビッ!」と脳内で稲光が起きて記憶を整理する脳の部位である海馬が刺激されちゃって「過去の嫌な体験が思い出される!」となる。

 

「ビビビッ!」と帯電した脳内に稲光が起きて、あんなに「あの人いいかも!」と思っていた人が「あいつムカつく!」になってしまって「あいつをどう破壊してやろうか~!」と破壊的人格になってしまう。

 

大人になった私の頭の中でこんなことが渦巻いていたから「自分はどうして頭の中が子供のままなんだろう?」とずっと悩んでいました。

 

人よりもアイディアなどを出すのは早いし、うまい、という自負がありました。

でも、すぐに怒っちゃって、人間関係を破壊しちゃうし、嫌なこと、不安なことばかり考えちゃうから「自分は子供だな」と思っていました。

 

頭の中が子供だからくだらないことでお金を使っちゃって「ちっともお金が貯まらない!」と嘆いていたんです(貧乏脳ジャ~!)。

 

シナプスの刈り込みの年齢を見てみると生まれてから急速にシナプスの数が増えていって8ヶ月で止まって、そしてだんだん刈り込まれていく。

 

必要なシナプスだけが残されて、そして残されたシナプスが元気良く活動することができるようになる。

 

この8ヶ月って「お母さんの母乳からだんだん離れていく~!」という時期になります。

 

それまでは「オギャ~!」と泣いたら「なに?おっぱいが欲しいの?」とお母さんが授乳してくれます。

 

泣けばおっぱいがもらえる!というのが赤ちゃんにとっては「自分は神じゃ~!」という体験になります。

 

「自分は泣き一つでなんでもできるんじゃ!」という神状態が「万能感」となります(いみじくも、青山ライフから万能感について書いた本が発売されますね)。

 

ですから「泣いたらなんでも出てくる~!」という神状態にある時はシナプスが広がり、母乳から徐々に離して離乳食に変えられちゃう時期が5ヶ月ぐらいで、このころからシナプスの数の伸びがゆっくりになります。

 

それを考えると「母乳でシナプスの成長が進む」とも考えられるんですが「なんでも自分の思い通りになるんじゃ!」という万能感でシナプスの数が増える、と考えた方が面白そう(これは後々、なぜ統合失調は刈り込み過ぎちゃうのか?というところでわかってきます)。

 

だいたい、離乳食を食べさせられること自体が、多分赤ちゃんにとっては不本意。

だって、自分が選んで食べているわけではなくて「両親が選んだものを口に入れられる!」というこれまでになかった体験をするわけなんですね。

 

お母さんは「あの子はこれが好きかもしれない!」と離乳食を選び、そしてそれをスプーンという異物で得体の知れないものを口に運ばれて、そしてあのドロドロとしたものを口に流し込まれる。

 

最初は「いやいや!」としていたものの、お腹が減って、口に流し込まれた時に「あれ?おいしい!」となります。

 

「もっと!もっと!」とジタバタするのですが、自分のペースでは食べさせてくれなくて、母親のペースで離乳食が運ばれてくる、というこれまでと違ったパターンになるんですね。

 

母乳の時は、飽きるまで自分のペースで飲むことができていました。

でも、離乳食になったら、自分のペースではなくて、母親のペースに「従う」ということをさせられます。

 

「従う」という不快感はあるのですが、空腹が満たされる感覚と、授乳から解放されるかも知れない、という母親の安堵の喜びで「よく食べられまちたね~!」という笑顔が返ってくるので「従うことは悪くないかも知れない!」となるわけです。

 

これが、神経のネットワークが密で感覚が過敏な発達障害の子どもの場合「金属のスプーンがいやいや!」とか「匂い」や「舌の感覚」などが敏感で離乳食が合わない、となると「従う」ということに「いいかも~!」という快の感覚が条件づけられない。

むしろ「従う」ということが不快感。

 

すると「シナプスの刈り込みが他の子と比べて進まない!」ということになるんでは?と自分のことを振り返っていると見えてくるんですね。

 

シナプスの刈り込みが離乳食の時にうまくされないと、脳のネットワークが他の子と比べて密(いっぱい枝があるということです)だから「他の子供が考えない余計なことを考えちゃう!」という特徴になります。

普通の子供だったら、シナプスの刈り込みが適切に進んで「〇〇ちゃん!食事の用意を手伝って!」と言われたら「は~い!」と従順に従うことができるのに、私の場合は「でも!」とか「だって!」という余計な言葉が出てきてしまう。

 

「だって!今テレビ見ているのに!」となってしまうと「シナプスの適切な刈り込みがされない!」となる。

 

すると学校に行くと「みんなと同じことができない!」とか「授業中に余計なことを考えちゃう!」ということになるのは、シナプスが多過ぎて脳内で嵐が起きちゃっている!という状態だから。

 

余計な人の気持ちとかを考えて落ち着かない!とか、ちょっとしたことで「びくっ!」としてしまってみんなからバカにされる、という現象が。「これって、シナプスがみんなより多いから敏感なだけなのに!」ということになるが、当時は「自分は間抜けで臆病なダメ人間」ということになっていました。

 

ここで一つのポイントは「子供は気まぐれでいい!」ということ。

子供は「あれ?さっきまで従順だったけど、なんで今は“嫌だ!”となっているの?」と不思議な行動をとります。

 

それって、従順すぎちゃうとシナプスを刈り込み過ぎちゃって大変なことになる、と本能でわかるから「自己主張もしなくっちゃ!」ということをするんですね。

 

シナプスを刈り込みすぎて従順になりすぎてしまうと「嫉妬の雷を受ける避雷針になってしまう!」となるわけです。

 

近くにいるありとあらゆる人の怒りを受けちゃって「ひえ~!」という感じ。

 

自分の脳のシナプス単体では嵐は起きないのですが、周りからの嫉妬の電流で嵐が起きちゃって「見えないものが見えちゃう!」とか「聞こえないはずのものが聞こえちゃう!」と他の人が体験できないことを体験しちゃいます。すると周りの人からすると「弱者」となりますから「ますます嫉妬しちゃうやろ!」となって「ビビビッ!」と感電させられちゃって、今度は神経のネットワークに重要な軸索にダメージが。軸索にダメージを受けて今度は「普通の人ができる当たり前のことができない!」となって、さらに弱者になり「ビビビッ!」と嫉妬の雷に打たれ続ける、という感じになるんですね。

 

一方、シナプスがうまく刈り込みをされなかった私は、雷雲を頭に乗せているような感じになります。

シナプスの間の情報の伝達は電気ですから、その密度が高くなればなるほど「雷雲じゃ~!」となるわけですね。

 

遠くから雷雲を見ていたら「大きな白い雲で羨ましいですね~!」となります。

 

あんた!その真下に年中居てみ!

真っ暗な気持ちになってすっごいことになっているんだから!となるんですよね。

 

「御意!」でこの雷雲の密度を下げていき、やがて、太陽の光を浴び、そして星空を眺められるようにしていきます。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

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