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〒105-0021 東京都港区東新橋2-16-3カーザベルソーレ4F
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はじめましてのご挨拶(+ 本の紹介)
はじめまして。カウンセラー・公認心理師の横洲有咲と申します。
精神科・心療内科クリニックにて心理検査およびカウンセリングの実習を経て、早稲田大学大学院修了後、4月よりインサイト・カウンセリングに入社いたしました。
これから、どうぞよろしくお願い致します。
自己紹介はこれくらいにして・・・、
今回は、大嶋先生におすすめしていただいた、マイケル・クライトン『インナー・トラヴェルズ』という本をご紹介します。
著者は映画『ジュラシック・パーク』の原作者ですが、元々は医学部出身という多才な作家です。
メディカル・スクールでの葛藤にはじまり、人生の方向に迷い、波乱万丈の世界旅行に繰り出す・・・というあらすじだけを見ると、
よくあるロードノベルのようですが、個人的にこの本は旅を通じて主人公の内界、とくに、「投影」について語るものでもあると思いました(だから、インナー・トラヴェルズなんですね)。
投影というのは、「自分の内面にある記憶や感情を、外界に映し出す」心のはたらきです。
同じ対象でも、それをどう感じるかは人それぞれ異なります。また、自分自身の中でも、その時の気分や感情によって、まったく違うように意味づけられるものです。
私たちはつい、客観的で揺るぎない現実が「ある」かのように錯覚しがちですが、
「現実」は決して一つではなく、一人ひとりの投影によって、今この瞬間もさまざまに変化し続けているようなものなのではないでしょうか。
これについて『インナー・トラヴェルズ』より、印象的な一節を引用します。
「神秘の旅なるものに対するわたしの態度は、ある学生にまつわるジョークに典型的に表現されていた。
その学生はインドに聖者を求めて、ある山の頂上で瞑想している聖者を見つけ、息を切らせながら、「人生の意味は何ぞや?」と問うた。
聖者は答えた。「人生は一輪の花じゃ」
学生は怒り出した。「人生は一輪の花ですって?」
それに対して聖者は答えた。「そうじゃないと言うのかね?」
これこそわたしの考えていることだった。つまり、誰もわたしより多くを知っているわけではないのだ。絶対に。
教授は彼の専門についてより多く知っているかもしれないし、ある都市の住人はその都市についてより多く知っているかもしれない。
しかし現実ということに関しては、誰もわたしより多くを知っているわけではない。自分は知るべきことをすべて知っているとわたしは考えた。」
(マイケル・クライトン『インナー・トラヴェルズ 上』p.194)
「現実ということに関しては、誰もわたしより多くを知っているわけではない」
とはいえそれは、意識的に知っている、それに関する知識があるということではありません。
むしろ、「現実」とは一様に答えが定まっているものでも、誰かから与えられるようなものでもなく、投影という心のはたらきを通じて、その場その場で立ち上がるものといえます。
つまり、「自分は知るべきことをすべて知っている」とは、聖者との問答を通じて、現実の「内容」(現実とは「何」なのか)ではなく、それが成立する「仕組み」に気がついたということなのではないか、と思うのです。
現実の内容は常に変化し、一つに定まるものではないですが、そもそも一つに定まるものではないという「仕組み」は変わらないはずです。
ですから、「人生は一輪の花だ」と自分自身が思えば、だれが何と言おうとそれが自分にとっての「現実」ということになります。
しかし、「人生は一輪の花だ」という現実はあくまでもその人の内面が投影されたものなので、他の人の現実の内容がどうであるかはわかりません。
ただ、自分の現実も他者の現実も、それが心のはたらきという同じ仕組みによって構成されたものであるという点においては、等しく価値をもつと捉えられるのではないでしょうか。
なにより、自他の現実をともに尊重し、どれか一つを絶対視するのではなく共立していくことは、私たちが心地よく生きてゆくためにとても重要なことなのではないかと感じています。
横洲
株式会社インサイト・カウンセリング 電話番号 03-3433-2721 住所 〒105-0021 東京都港区東新橋2-16-3カーザベルソーレ4F 営業時間 AM10:00~PM18:00 定休日 日・祝
26/04/30
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はじめまして。カウンセラー・公認心理師の横洲有咲と申します。
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これから、どうぞよろしくお願い致します。
自己紹介はこれくらいにして・・・、
今回は、大嶋先生におすすめしていただいた、マイケル・クライトン『インナー・トラヴェルズ』という本をご紹介します。
著者は映画『ジュラシック・パーク』の原作者ですが、元々は医学部出身という多才な作家です。
メディカル・スクールでの葛藤にはじまり、人生の方向に迷い、波乱万丈の世界旅行に繰り出す・・・というあらすじだけを見ると、
よくあるロードノベルのようですが、個人的にこの本は旅を通じて主人公の内界、とくに、「投影」について語るものでもあると思いました(だから、インナー・トラヴェルズなんですね)。
投影というのは、「自分の内面にある記憶や感情を、外界に映し出す」心のはたらきです。
同じ対象でも、それをどう感じるかは人それぞれ異なります。また、自分自身の中でも、その時の気分や感情によって、まったく違うように意味づけられるものです。
私たちはつい、客観的で揺るぎない現実が「ある」かのように錯覚しがちですが、
「現実」は決して一つではなく、一人ひとりの投影によって、今この瞬間もさまざまに変化し続けているようなものなのではないでしょうか。
これについて『インナー・トラヴェルズ』より、印象的な一節を引用します。
「神秘の旅なるものに対するわたしの態度は、ある学生にまつわるジョークに典型的に表現されていた。
その学生はインドに聖者を求めて、ある山の頂上で瞑想している聖者を見つけ、息を切らせながら、「人生の意味は何ぞや?」と問うた。
聖者は答えた。「人生は一輪の花じゃ」
学生は怒り出した。「人生は一輪の花ですって?」
それに対して聖者は答えた。「そうじゃないと言うのかね?」
これこそわたしの考えていることだった。つまり、誰もわたしより多くを知っているわけではないのだ。絶対に。
教授は彼の専門についてより多く知っているかもしれないし、ある都市の住人はその都市についてより多く知っているかもしれない。
しかし現実ということに関しては、誰もわたしより多くを知っているわけではない。自分は知るべきことをすべて知っているとわたしは考えた。」
(マイケル・クライトン『インナー・トラヴェルズ 上』p.194)
「現実ということに関しては、誰もわたしより多くを知っているわけではない」
とはいえそれは、意識的に知っている、それに関する知識があるということではありません。
むしろ、「現実」とは一様に答えが定まっているものでも、誰かから与えられるようなものでもなく、投影という心のはたらきを通じて、その場その場で立ち上がるものといえます。
つまり、「自分は知るべきことをすべて知っている」とは、聖者との問答を通じて、現実の「内容」(現実とは「何」なのか)ではなく、それが成立する「仕組み」に気がついたということなのではないか、と思うのです。
現実の内容は常に変化し、一つに定まるものではないですが、そもそも一つに定まるものではないという「仕組み」は変わらないはずです。
ですから、「人生は一輪の花だ」と自分自身が思えば、だれが何と言おうとそれが自分にとっての「現実」ということになります。
しかし、「人生は一輪の花だ」という現実はあくまでもその人の内面が投影されたものなので、他の人の現実の内容がどうであるかはわかりません。
ただ、自分の現実も他者の現実も、それが心のはたらきという同じ仕組みによって構成されたものであるという点においては、等しく価値をもつと捉えられるのではないでしょうか。
なにより、自他の現実をともに尊重し、どれか一つを絶対視するのではなく共立していくことは、私たちが心地よく生きてゆくためにとても重要なことなのではないかと感じています。
横洲
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電話番号 03-3433-2721
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