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〒105-0021 東京都港区東新橋2-16-3カーザベルソーレ4F
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戦友
学生時代の夏休み明けって、ドキドキしていましたね!
「みんなどんなふうに変わっているんだろうな!」って。
夏休み明けの、女の子は垢抜けていて、そして、男子はより男らしく成長しているのがわかります。
でも「私はちっとも変わらない惨めなまま!」というのが常でした。
緊張が高くてビクビクしていて、落ち着かない感じは変わらない。
夏休みに何か新しいことを体験したのか?
「何にもありません」
勉強もせず、お金がないのに街をぶらぶらして、時間を潰して、そして夕方になったら家に帰ってきて夕食を食べて、ゴロゴロする、という何にもない夏休み。
「また、何もしないで終わっちゃった!」と後悔するんですよね。
夏休みに入る前は「今年の夏休みこそは勉強をして、みんなに追いつくぞ!」と決心していたのに「明日からやるから!」と自分に言い聞かせて「今日は街に出てちょっと洋服を見て見たい」と買えるわけもないのに、自転車で30分かけて街に出かけて、人混みの中で疲れてしまい「疲れちゃってやっぱりダメだ!」と勉強なんかやりもしませんでした。
みんなが勉強していない時に勉強して追いつくぞ!と思っていたのに、何もできなくて、そして新学期が始まったら「みんな変わっているのに、自分だけ!」と惨めな思いになり、何もしなかった自分への怒りが止まらなくなります。
あの時の自分が「ちいさなことにイライラしなくなる本」(マガジンハウス)を読んでいたらな~!
あの時の自分に本を読ませて「君!絶対に算数障害の呪文毎日100セット唱えて!」と言いたい!
算数障害の呪文を唱えていたら「みんなは100変わったのに、自分は1しか変わっていない。それも惨めな方向に」なんて計算をしなくなるから。
私の算数障害の問題がなくなれば、みんなの変化の計算間違いをしなくなり「なんだ!みんな結局、夏休みが終わっても大したことないんじゃん!」と思えて「みんな自分と一緒なんだ!」となって、いじけて勉強を放棄することだってなかったのに!と考えるのが結構面白いんです。
「あの時の自分がこの本を読んでいたら」
「この呪文を唱えていたら」と考えるのが結構面白い。
こうして学生時代の自分に思いを馳せていると、その当時の自分の脳とつながって私の過去が変わって行く。
過去の自分のやりとりが結構楽しい。
「なんでそんな呪文なんか唱えるんだよ!」と反抗的な学生時代の自分。
「君は計算が苦手でしょ!」と学生時代の自分を説得しようとするが「俺、文系に進むからいらんし!」と手強い私。
でも、自分のことは自分が一番知っています。
「唱えているとお金持ちになれるかもよ~!」と言われると「うん!やってみようかな!7回ワンセットを100セットでいいの!」と突然素直になる私。
あは!こいつ完全にアホや!
今のこのやりとりがあったから、大学に行った時に「数学と物理の授業が一番楽しい!」となったんだろうな。
だって、本当にそれまでは計算ができなかったんですから(本当に算数障害レベルでした)。
そうしていると、学生時代の自分から突っ込まれます。
「あんたは、今、何を唱えているの?」って。
「他人の気持ちを考えすぎちゃう呪文を唱えているよ!」
「え~!俺ってまだ、人のことを気にしちゃっているんだ!」とがっかりされて「すみません!」と謝ります。
「でも、先生(学生時代の自分のこと)、人の気持ちを考えるのはお仕事に役に立っていますから!」と伝えると「でも、考えすぎちゃって疲れているんだろ!」と突っ込まれて「やっぱり、当時から私は生意気だったんだ!」と再認識するんです。
確かに、1日のカウンセリングの仕事が終わると廃人のようになって「何も喋れましぇ~ん!」となっていることを思い出す。
「やっぱり無理をしすぎているのだろうか?」と自分で反省しかけていると、学生時代の自分が「おい!本の中に空腹時に唱える呪文を要所要所で唱えればいいじゃんか!」と指摘され「はっ!」とする。
あ!そうか!父親は血糖値の問題があるから、私が感じる疲れは血糖値のバランスの問題からかも!と思って「今日からちゃんと唱えます!」と学生時代の自分に伝えた時に「ちゃんとやれよ!」と返ってきます。
その時、私は「お前もな!」と学生時代の自分に返した時に、目から熱いものがこみ上げてきます。
「一人で何をやっているんだろうな~!」と思いながらもなんだか嬉しい気持ちになっている自分がここにいるんです。
戦友とともに。
25/04/03
25/04/01
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学生時代の夏休み明けって、ドキドキしていましたね!
「みんなどんなふうに変わっているんだろうな!」って。
夏休み明けの、女の子は垢抜けていて、そして、男子はより男らしく成長しているのがわかります。
でも「私はちっとも変わらない惨めなまま!」というのが常でした。
緊張が高くてビクビクしていて、落ち着かない感じは変わらない。
夏休みに何か新しいことを体験したのか?
「何にもありません」
勉強もせず、お金がないのに街をぶらぶらして、時間を潰して、そして夕方になったら家に帰ってきて夕食を食べて、ゴロゴロする、という何にもない夏休み。
「また、何もしないで終わっちゃった!」と後悔するんですよね。
夏休みに入る前は「今年の夏休みこそは勉強をして、みんなに追いつくぞ!」と決心していたのに「明日からやるから!」と自分に言い聞かせて「今日は街に出てちょっと洋服を見て見たい」と買えるわけもないのに、自転車で30分かけて街に出かけて、人混みの中で疲れてしまい「疲れちゃってやっぱりダメだ!」と勉強なんかやりもしませんでした。
みんなが勉強していない時に勉強して追いつくぞ!と思っていたのに、何もできなくて、そして新学期が始まったら「みんな変わっているのに、自分だけ!」と惨めな思いになり、何もしなかった自分への怒りが止まらなくなります。
あの時の自分が「ちいさなことにイライラしなくなる本」(マガジンハウス)を読んでいたらな~!
あの時の自分に本を読ませて「君!絶対に算数障害の呪文毎日100セット唱えて!」と言いたい!
算数障害の呪文を唱えていたら「みんなは100変わったのに、自分は1しか変わっていない。それも惨めな方向に」なんて計算をしなくなるから。
私の算数障害の問題がなくなれば、みんなの変化の計算間違いをしなくなり「なんだ!みんな結局、夏休みが終わっても大したことないんじゃん!」と思えて「みんな自分と一緒なんだ!」となって、いじけて勉強を放棄することだってなかったのに!と考えるのが結構面白いんです。
「あの時の自分がこの本を読んでいたら」
「この呪文を唱えていたら」と考えるのが結構面白い。
こうして学生時代の自分に思いを馳せていると、その当時の自分の脳とつながって私の過去が変わって行く。
過去の自分のやりとりが結構楽しい。
「なんでそんな呪文なんか唱えるんだよ!」と反抗的な学生時代の自分。
「君は計算が苦手でしょ!」と学生時代の自分を説得しようとするが「俺、文系に進むからいらんし!」と手強い私。
でも、自分のことは自分が一番知っています。
「唱えているとお金持ちになれるかもよ~!」と言われると「うん!やってみようかな!7回ワンセットを100セットでいいの!」と突然素直になる私。
あは!こいつ完全にアホや!
今のこのやりとりがあったから、大学に行った時に「数学と物理の授業が一番楽しい!」となったんだろうな。
だって、本当にそれまでは計算ができなかったんですから(本当に算数障害レベルでした)。
そうしていると、学生時代の自分から突っ込まれます。
「あんたは、今、何を唱えているの?」って。
「他人の気持ちを考えすぎちゃう呪文を唱えているよ!」
「え~!俺ってまだ、人のことを気にしちゃっているんだ!」とがっかりされて「すみません!」と謝ります。
「でも、先生(学生時代の自分のこと)、人の気持ちを考えるのはお仕事に役に立っていますから!」と伝えると「でも、考えすぎちゃって疲れているんだろ!」と突っ込まれて「やっぱり、当時から私は生意気だったんだ!」と再認識するんです。
確かに、1日のカウンセリングの仕事が終わると廃人のようになって「何も喋れましぇ~ん!」となっていることを思い出す。
「やっぱり無理をしすぎているのだろうか?」と自分で反省しかけていると、学生時代の自分が「おい!本の中に空腹時に唱える呪文を要所要所で唱えればいいじゃんか!」と指摘され「はっ!」とする。
あ!そうか!父親は血糖値の問題があるから、私が感じる疲れは血糖値のバランスの問題からかも!と思って「今日からちゃんと唱えます!」と学生時代の自分に伝えた時に「ちゃんとやれよ!」と返ってきます。
その時、私は「お前もな!」と学生時代の自分に返した時に、目から熱いものがこみ上げてきます。
「一人で何をやっているんだろうな~!」と思いながらもなんだか嬉しい気持ちになっている自分がここにいるんです。
戦友とともに。