「カリスマ性」って書くだけで恥ずかしい

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「カリスマ性」って書くだけで恥ずかしい

大嶋信頼ブログ 緊張しちゃう人たち

2017/09/04 「カリスマ性」って書くだけで恥ずかしい

人って、自分が嫉妬されていることに気がつかないんですよね。

 

「私には嫉妬されるようなものはありませんから!」と仰られるのですが「あーあ!嫉妬されて出会う人、出会う人から足を引っ張られているのに気がつかないんだ!」と思うんです。

 

本人は「自分ってダメだな!」、「なんてだらしないんだ!」とか「こんなみっともない姿を見せられない!」と自分にダメ出しをしている、と思っています。でも、それって実は周囲の人からの嫉妬が脳のネットワークで伝わってきたものを「自分の考え」に変換しているだけだったりするんです。

 

昔、原宿で仕事をしているときに「あ!有名な芸人さんがロケをしてる!」とロケ現場の横を通り過ぎようとしたときに、金髪の芸人さんから私は睨み付けられます。

 

「え?何で私を睨みつけるの?他にもたくさんあなたのことを見ているじゃん!」とちょっとびっくりします。

 

「私って人を不快にさせる何かを持っているのかな?」と真剣に悩んじゃったんです。

 

ある時は、ある大学の構内をぶらぶらしていたときに、元首相のお子さんで俳優さんになりかけていた人が歩いていて「あ!あの俳優さんだ!」と気がつきます。

 

その次の瞬間、その方からも睨み付けられて「え?なんで?そんな別にガンを飛ばしたり凝視したわけじゃないのになぜ?」となるんです。

 

「自分の視線は他人を不快にさせるんだ!」と思うようになってしまいます。

 

自分って人から好かれる素質はなくて、逆に不快にさせて嫌われてしまうんだ、と本気で思ってしまいます。

 

トラウマ理論的に考えれば、貧乏な家庭で育って、緊張が高くて、さらに子供の頃からいじめられていたから「対人緊張が高くて、その緊張感が相手に伝わって、私の過緊張の不快感に反応して相手が攻撃的になった!」となります。

 

だから「私はどこに行っても緊張が高いから仲間に入れずに、みんなからいじめられる」となってしまうんです。

 

もう一つの仮説は“嫉妬”になります。

 

この“嫉妬の仮説”にたどり着くまで私はこんなことを考えたことはなかったのですが、相手は動物的な本能で私のカリスマ性を感知して嫉妬をした、ということが考えられるんです(自分で書いていて恥ずかしいわ!)。

 

芸能人だったらカリスマ性があってなんぼ、となります(カリスマ性が高ければ高いほど価値がある、ということです)。

 

ちなみにここでのカリスマ性とは「人を惹きつける力」という意味で書いています。

 

相手が私を睨み付けた、ということは、もしかしたら、動物的に相手よりも私の方が“嫉妬”されるカリスマ性を持っていることになります。

 

でも、そんなことは理解できないし、これまでもずっとそんな仕打ちをいろんな人から受けてきたので「私が気持ち悪い存在だから、私は人から睨み付けられる!」となってしまいます。

 

ここで起きていることは、見事に嫉妬される資質を相手から睨まれた原因の解釈で打ち消してしまっているんです。

 

私は人を魅了する力なんてなくて、逆に、人に不快感を与えてしまう醜い存在だ、という感じ。

 

相手の嫉妬の発作で見事に、嫉妬される資質が打ち消されちゃうから「私には嫉妬されるような素晴らしいものは何もない!」となってしまいます。

 

そして、自分にダメ出しをして低くすればするほど、嫉妬の法則(自分よりも低い存在が自分よりも高いものを持っていると発作が起きる)が働くから、嫉妬の攻撃が連続して「ますますダメ人間になるやろ~!」となってしまうんです。

 

(つづく)

 

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